ヨミトリ君プロジェクトリーダー 
岡田浩

・交通事故 ———–

私は2009年6月に自転車に乗っていたところ交通事故にあいました。
頭を強打したためか事故の瞬間の記憶は何もなく意識を失った状態となり、
気が付いたら道路に倒れていました。
(未だ何が起きたのか全く分かっていません。)

救急車で運ばれ脳挫傷と頭がい骨骨折と診断され、即日入院となりました。
また、体のあちこちに打撲や切り傷があり、右目のまぶたも数針縫う傷がありました。
脳挫傷については後遺症で嗅覚障害となり、
今でも匂いを別の臭いと感じたり、そもそも感じなかったりと
正確な匂いを感じることは出来ません。
(顔面の打撲時に右の眼球が脳にめり込んで脳の嗅覚部分をつぶしたとのこと)

幸い脳以外は順調に回復し勤務していた会社にも復帰することができました。
ただ、一歩間違えば死んでいたであろう事故を経験したことで、
自分の中で色々と心境の変化があり、
当たり前のことなのですが「人間いつ死ぬかわからない」
ということに改めて気が付きました。
そこから、いつ死ぬかわからないのだから
「やりたいと思ったことは今やろう」という考えを持つようになりました。

また、死ぬような事故だったにもかかわらず社会復帰できたことで
「死ぬ前にまだやることがあるだろう」と言われた気がして、
それまでは仕事中心、自分中心だったのですが
「誰かのために何かしたい」「私がやれることは何だろう?」という気持ちが出てきました。
そこからボランティア活動や社会貢献活動などを始めることにしました。

・支援活動を開始 ———–

ボランティア活動をする中で自分も軽い障害者であり、
もっと重度の障害者になる可能性もあったことから
障害者の支援に興味を持ち、システムエンジニアの仕事をしている関係から
障害者用のソフトウエア開発やIT関連サポートの支援事業を行っていました。

その後、本業のシステムエンジニアとのダブルワークですが、
2018年に「一般社団法人 愛知情報教育支援協会」を設立。
障害者支援用のソフトウエア開発などのIT関連に特化した
支援事業を更に進めていくところとなりました。
また、自動点訳ソフトを開発していた関係から視覚障害者の方とつながりができ、
IT関連の支援をする傍らで視覚障害者の外出を支援する
ボランティアガイドなどにも携わっています。

・出会い ———–

2021年8月、ある視覚障害者の方から外出支援を依頼され
送迎先で「すごいことしている人がいるよ」と紹介されたのが
ヨミトリをされている高木さんでした。
話を聞く中で重度の障害や病気で意思疎通できなくなった方の意思疎通を支援しているとお伺いし
当事者のほぼ動かない指で書く文字を自分の指で感じ取るということで、
指の感覚がすごく敏感な人なんだなと漠然と感じていました。

その中でヨミトリをデバイス化してみたいというお話が出た時
自分がなるかもしれなかった重度障害者の人が意思疎通できず困っている。
これを技術で支援する。
自分の中で「これだ!」と感じました。
「デバイス化を少し考えてみます。」と言いましたが、
実際は「是非私にやらせてください!」という気持ちで一杯でした。

そこからはあっという間でした。
自分の指で相手の文字を感じ取るのだから、相手の指が微かには動いているのだろう。
動いているのなら荷重の変化で識別できるはずだ。
と、システムの概要はすぐに浮かびました。

微かな荷重を検出できるセンサーには何があるのか。
センサーの電気信号をどうやって実際の荷重の値へ変換するのか。
文字認識するにはPCでセンサーの値を知る必要があるが、
PCへ荷重データを送るにはどうしたらいいのか。
そのために必要な装置やプログラムの言語は何が必要なのか。
不思議なことですが、すべて過去の仕事や経験で知っている知識でした。
まるでこのシステムを開発するために過去の経験があるようでした。

2か月後に今までの経験や知識総動員で、なんとかそれらしい動きをする試作機を完成させ
高木さんに確認していただくことができました。

高木さんに「これじゃとても無理。」と言われないかとても心配でしたが
手ごたえを感じていただけたようで、
「実際に操作してもらいましょう。」ということになりました。

・ヨミトリ君の始まり ———–

その1か月後、当事者の方にご協力いただき、実証試験1回目を行いました。
パーキンソン病の進行で体が動かず声も出せない閉じ込め状態となった方で、
初めてお会いした印象は「想像以上に体の動きが見えない」でした。
「ヨミトリができるのだから動いているはず」と考えていましたが、
持参したセンサーで読み取れるのかすら不安になりました。

当時の試作1号機はパネルの形状やセンサーが未調整であったこともあり
今考えると、とても使いにくい状態でしたが、
何回かのトライアルの結果、手の僅かな動きを読み取ることができました。
「やった!読み取れた!」と実証試験の成功に参加者で喜び合いましたが
内心は読み取れるかどうか冷や汗状態でしたのでホッとした瞬間でした。

また、とても驚きだったのは、実証試験を傍らで見守っていた
当事者の方の奥様が「今力を入れようとしている」とか
「手を動かそうととても頑張っている」とか、ほんのわずかな変化に気が付いておられることでした。
その微かな動きを逃さず見ておられる奥様のすごさを感じ
この装置でもその動きを感じ取ってみせると決意しました。

そこからは怒涛の連続でした。
当事者の方のところに通って実際に操作してもらい、センサーの取り付け方法の改良、
センサー感度の調整、PCでの意思疎通支援のソフト開発。
また、ケア従事者の方から別の意思疎通困難者の方に繋いでいただいた出会い等を通して
操作練習のためのゲーム開発などなどなど。
なんとか意思疎通を支援するスイッチとして動作するレベルの製品を
完成することができました。

・ヨミトリ君への思い ———–

未だに入力部はスイッチとして動作するのみの製品ですが、
スイッチを押した際の荷重増減の数値を可視化することで、
長年寝たきりで意識障害と診断されていた方自らスイッチ操作をしていることを
科学的に証明することができ、
ご本人、ご家族からたいへん喜ばれやりがいを感じています。
画面に当事者の方が書いた文字をそのまま表示出来ることを目標として
当事者の方、ご家族、支援者の方に協力をいただきながら
これからも開発を続けていきます。